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2019.03.15

ふるさとに帰ろう Vol.2 愛知ディオーネ 里綾実の凱旋試合編

  • ふるさとに帰ろう

ふるさとに帰ろうVol.2

雲ひとつない晴天に恵まれた、4月28日。奄美大島で初めて、女子プロ野球の公式戦が開催されました。この日の主役は、島で生まれ育った里綾実選手。球場には、里選手に憧れる野球少年・少女からご近所のおじいちゃん、おばあちゃんまで、多くの人々が応援に駆けつけました。試合は初回、先発した里選手が京都フローラ打線に連打を浴び3失点しましたが、その後は丁寧なピッチングで相手打線を抑え、コツコツ点を積み重ねた愛知ディオーネが延長サヨナラで勝利! “綾実旋風”に沸いた1 日となりました。

取材/大濱たえ子

 

「いつか、地元奄美で試合をやってもらうことが私の夢です」。昨年末のコンベンションでのこと。投手部門3冠に輝いた里選手のお祝いに駆けつけた父・一郎さんのこの言葉がきっかけで、史上初の奄美での公式戦が実現しました。実は、昨季の開幕直前に病に倒れた一郎さん。開幕投手だった里選手ですが、危篤状態の一郎さんの元へ駆けつけまた。チームに戻ってから、里選手は父を励ますようにこん身の力投を続け、一郎さんは後遺症が残ったものの回復。今回の凱旋試合では里選手とご両親、お姉さんの4人による〝家族始球式〞が行われ、試合前から球場中が温かい涙で包まれました。

「やっぱり野球が好き」運命をわけた2度の決断

│地元での公式戦はどうでしたか?

「父がマウンドに向かってくる時点でもう号泣していたので、『それはダメでしょ!』って思いました(笑)。でも、いろんな方々のおかげでこの試合が実現したことを考えたら、私もこみ上げるものがありました。小学生のときも中学生のときもここでたくさん試合をして、いろんな思い出のある球場なんです。そんな場所でプロとして試合ができて、またひとつ大きな思い出が増えました」

 

│里選手はこの島で、お兄さんの影響で野球を始めたんですよね?

「そうなんです。小学生のときは、同い年よりも兄の友だちと遊ぶことが多かったんですけど、みんな野球を始めて遊ぶ相手がいなくなってしまったので、私も同じチームに入りました(笑)。試合では兄が活躍すると両親に褒められていたので、私も褒められたくて頑張りましたね。当時は落ち着きがなく、親にはいつも怒られていたんですよ(笑)。

父はよくキャッチボールの相手をしてくれたんですけど、そのときに「ナイスボール!」って言ってもらえるのがうれしくて、もっとうまくなりたいと思うようになりました」

 

│それでも、中学校では野球部には入らず、バスケットボール部に入部したと伺いました。

「チームメイトに『中学では何部に入るの?』って聞かれたんです。それで、『あ、女子は野球部には入れないんだな』って。だから、もともと遊びで好きだったバスケ部に入りました。

 

左が里選手。中央が姉・朋香さん、右が妹・保奈美さん

里選手は前列左から2番目。男の子に混ざって野球を始めました

 

小学6年生の里選手。父・一郎さんに迫る勢いの身長の高さです

幼稚園の年長さんの頃。すでにスポーツ万能な気配が漂っています

 

でも、休憩で外に水を飲みに行ったときとか、グラウンドで練習している野球部の姿が目に入るんですよね。そうするとやっぱり、いいなぁって、思うんですよ。どんどん野球をやりたい気持ちが強くなって、半年後に、野球部の顧問の先生のところに行きました。『女子でも野球部に入れますか?』って聞いたら、『中体連だったら、女の子だって試合に出られるよ』と快く迎え入れてくれたんです」

 

 

実はサプライズで、始球式をすることを家族に伝えたのは試合前日でした

 

延長サヨナラで勝利を収めると、声援を送り続けてくれた客席に向かってガッツポーズ

 

笑顔でサインに応じ、子どもたちも大喜び!

 

「野球を楽しめた」と里選手。丁寧なピッチングが光りました

 

試合後、勝利インタビューで大粒の涙を流した里選手。

地元・奄美大島の人々や関係者への感謝の思いがあふれました

 

試合終了後には、地元の野球少年・少女たちのために野球教室を開催

 

奄美にやってきた女子プロ野球を一目見ようと、たくさんの観客が訪れました

 

│半年ぶりの野球はどうでしたか?

「小学校のときは、投げるのも打つのも走るのも私が1番!っていう感じだったんです。それが、中学では体力差が出てきて、走り込みでも離されるようになったのが悔しかったですね。でも、最低限、みんなと同じメニューをやって、なんとか真ん中くらいのレベルにはいたと思います。最初はチームメイトも戸惑いがあったと思うんですけど、みんな仲間として受け入れてくれて、最後までやり切ることができました。途中からだったけど、思い切って『野球がやりたい』っていう自分の気持ちを伝えて、本当によかったと思っています」

 

│そのときの決断があったからこそ、今の里選手がいるんですね。

「そうですね。でも次は高校進学にあたって、また悩むんです。今度は野球を続けるか、ソフトボールに転向するかで。正直、当時は〝野球には先がない〞と思っていました。ソフトだったら実業団もあるし、現実的なのかなって。

だから、ソフトが強い高校を探して、鹿児島女子か神村学園がいいなと考えていました。ただ、その話をしたときに、母に『後悔しないの?』って言われたんです。推薦で進学したら、隣で野球部が練習していても、3年間は絶対野球に戻ることはできない。中学のときみたいにはいかないんだよって。そう言われて、考えが変わり始めました。かなり悩みましたけど、先がないとしても、大好きな野球をやりたい。後悔するなら、やって後悔したほうがいいって思ったんです」

〝女子野球〞も〝奄美〞ももっと拡めていきたい

│高校進学を機に島を出ることは、前から決めていたんですか?

「実は小学生のときから、『女の子で野球、珍しいねぇ。鹿児島には神村があるから、将来は神村だね』って、よく言われていたんです。だから当時から漠然と、高校生になったら島を出て野球をするんだって思っていました。実際に神村に進学するときは、新しい世界に飛び込む気持ちでした。あぁ…厳しかったなぁ(笑)」

 

│名門ですもんね。寂しさはなかったですか?

「自分で決めたことなので、やらなきゃっていう思いしかなかったですね。新しい環境に慣れようと必死で。だから、ホームシックとかにはならなかったですけど、それでも1年生の年末に帰省したときには、『あ〜もう神村に戻りたくない!』って思いましたね(笑)。

 

│高校卒業後は、尚美学園大学、福知山成美高校のコーチを経てプロ入りを果たしました。

「私がプロになりたいと思ったのは大学卒業後で、すごく遅かった。でも〝先がない〞と思っていた野球を、ここまで続けてこられました。島にいると、環境がないと感じてしまうけれど、それでも自分がやりたいと思って頑張れば、チャンスはめぐってくる。それは今、すごく実感していることです。だから、なんでもまずは続けることが大事だと思います」

 

│里選手にとって、奄美はどんな場所ですか?

「最近では奄美もテレビで取り上げられたりするようになりましたけど、それでも『奄美出身』っていうと『沖縄?』っていまだに言われます(笑)。それくらい、認知度はまだまだ。女子野球もまだまだこれからなので、〝女子野球と奄美大島を拡める!〞というのが、今の私の使命だと思っています。だから、今回島で試合ができたのは本当に大きな一歩だったし、試合後にみんなで奄美の踊りを踊ったりして、野球だけじゃなく奄美を楽しんでもらえたのがよかったなと思います。本当に幸せな1日になりました」

野球教室のあと、最後はみんなで奄美伝統の「八月踊り」を楽しみました

 


里綾実 さと・あやみ

1989 年12 月21 日生まれ、鹿児島県出身。166㎝。投手。右投右打。神村学園高から尚美学園大、福知山成美高でのコーチを経て2013 年にレイアへ。15年からディオーネで活躍し、昨季は投手部門で3冠に輝いた。








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