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2019.01.16

ふるさとに帰ろう Vol.1 京都フローラ みなみ母校訪問編

  • ふるさとに帰ろう

みなみ
1996 年10月18日生まれ。滋賀県出身。173 ㎝。外野手。右投右打。
京都両洋高からレイア、兵庫ディオーネを経て、18年から京都フローラに移籍。17年には最優秀新人賞、ベストナインに輝いた。

ふるさとに帰ろう Vol.1

母校やふるさとに帰ると、“あの日”“あのとき”の記憶が蘇るものです。

本企画では女子プロ野球の世界で頑張る彼女たちのルーツを探ります!今年でプロ4 年目ながら、女子プロ野球界の顔ともいえる存在になったみなみ選手。

今回は、そんな若手ホープのルーツを探りに、母校の京都両洋高校と、女子野球専用グラウンドを訪問。そこには、懐かしい思い出がたくさんつまっていました! 取材/大濱たえ子

 

反抗期真っ只中の高校時代

高校時代は、滋賀県の実家から1時間半ほどかけて通学していたそうですね。

「練習後は学校から駅まで、いつもめっちゃダッシュしていました(笑)。練習で疲れてクタクタだったんですけど、真っ暗な道を猛ダッシュ!

電車の本数があまり多くないので、1本逃すと、家に着く時間が30分くらい変わっちゃうんですよね。最寄り駅から自宅までも結構遠くて、ほとんど毎日親が送り迎えをしてくれていました。それなのに、当時は反抗期真っ只中で、『ただいま』も言わず、全然口をきかなかったり…。あのときは本当に甘えていたなと思います。一人暮らしをするようになってからは、あんな態度をとっていた当時の自分を怒りたくなりましたね(笑)」

 

離れて暮らすようになったことで、ありがたみを実感したんですね。

「そうですね。高校を卒業して仙台に行ったときは、みんなから心配されていました。生活面もそうですけど、野球でも当然ガラッと環境が変わるわけで。それまで私は、ずっと先輩がいない環境で育ってきたんです。(京都)両洋では私たちの代が1期生だったし、中学のクラブチームは2年生から入ったし…。それはやっぱり、いろいろと大変なこともありました。高校時代は親だけじゃなくて、兄妹ともあまり話しませんでしたね。3人兄妹の真ん中なんですが、今は2歳上のお兄ちゃんと一緒に出かけたりするくらい、結構仲がいいです。兄も野球をやっているので、野球の話もよくしますよ。3歳下の高校3年生の妹もいるのですが、妹はこの前ソフトボール部を引退しました」

 

 

学生時代はこんな感じでした!!

母校に行くと「頑張ってるか!」「見てるよ!」とたくさんの先生から声をかけられていたみなみ選手。3年時の担任・佐々田先生は、「高校時代は『プロの厳しい世界でやっていけんのかな』と心配だったけど、別人のようにしっかりした社会人になっていてびっくりした」とうれしそうでした

高校の卒業式。中央のみなみ選手は当時からロングヘアでした

 

卒業式での1枚。今よりも少しあどけなさが残っていますね

 

 

同期とは、今でもとっても仲良しなのだそう。写真からも伝わってきます!

 

文化祭では「率先して盛り上げてくれた」と先生も助かっていたようです

 

文化祭。なんと、和太鼓をたたいているのがみなみ選手。かっこいい!

 

文化祭帰りの通学路での、高校生らしい1コマ。後ろ姿もかわいいです

 

 

 

〝普通の女子高生〞に憧れた高校時代

 

高校3年生のときには、美容学校への進学を志望していた時期があったとか。

「当時は〝普通の女子高生〞に憧れていたんですよね。野球をしていないときは、おしゃれをしたり、髪を巻いたり、おだんごにしたり…ヘアアレンジをするのが好きでした。それに、雑誌のモデルさんみたいに撮られる側の仕事にも興味がありました。あと、あのときは本当に反抗期で、とにかく早く実家を出たかった(笑)。大阪の美容学校を志望していたんですけど、実家から通える距離なのに、一人暮らしする物件を探しに行ったりしました(笑)」

 

そこから、なぜ女子プロ野球の入団テストを受けようと思ったのでしょうか?

「『プロ野球選手になりたい!』ということより、今の自分の力がプロの世界でどこまで通用するのか…試したい!

挑戦したい!という気持ちがありました。めっちゃ負けず嫌いなんですよ、私(笑)。それで1度目に受けたときは、入団テストに落ちてしまって…。実際にテストを受けてみて、自分が全然通用しないことがわかって、それが悔しかったんです。2度目に愛知まで行ってリベンジしました!」

 

 

京都両洋高校校舎

とっても立派な校舎!この日は合格発表日で、多くの中学生が来ていました

 

現在は教頭を務める西澤先生(左)と、高校3年時の担任・佐々田先生(右)

 

当時付き合っていた人をこの窓からよく眺めていたとのこと(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出の詰まった〝京都〞が大好き

 

女子野球部練習場静原グランド

 

強風が吹く中、後輩の選手たちは元気に練習に励んでいました!

 

こんな大きなタイヤに打ち込む練習も。手がしびれてしまいそう…

上田監督(右)と松浦コーチ(左)もみなみ選手の訪問を歓迎!

 

 

小さい頃は、保育士になりたかったというお話も聞きました。

「小さいときからの夢で、高校に入ってからも思っていました。子どもが好きで、子どもと関わる仕事がしたかったんです。今、野球教室などで小さい子に教えたり、ふれあう機会が結構あるんです。今思うと撮影や取材をしてもらっていることで、美容関係を目指していた部分もかなっているし、私が描いていた夢がすべてかなっているんですよね!もちろん、まだまだここからなんですけど、選んだ道は間違ってなかったなって思います」

 

みなみ選手にとって、京都はどんな場所ですか?

「高校時代は家には寝るために帰る感じで、ほとんど京都にいたので思い出の場所は多いですね。高校を卒業してか

ら、仙台にいたときも、兵庫にいたときも、試合で京都に行くたびに『懐かしいな〜』と思っていました。野球部のチームメイトとはすごく仲がよくて、年に1度は先生たちもお呼びして集まるんです。みんな、全国各地から集まって来るんですよ。それくらい、ここが大好きなんです」

 

最後に、京都のおすすめスポットを教えてください!

「私、清水寺が大好きなんです。景色もいいし、恋の神様がいる神社があるんですよね。石と石の間を目をつむって歩くんですけど、それをいつもやってます(笑)」

 

 

 

学校からバスで40分のところにあるグラウンド。3年間頑張った一番大切な思い出の場所

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