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2020.01.04

女子球児の星 埼玉栄 石垣麻弥乃

1年夏に日本一を経験し、今年は主将として高校最後の夏に挑んだ石垣麻弥乃さん。残念ながら初戦で敗れてしまいましたが、常にチームメイトを鼓舞し、最終回の最後の打席では気迫のヘッドスライディングを見せてくれました。最後までチームを支え、諦めない姿が印象的でした。

 

―野球を始めたきっかけは?

「お父さんとお兄ちゃんが野球をしていて。お兄ちゃんのいた少年野球団の体験会に出たら、『やるよね?』という話になって、自然と。小学1年生のときでした。最初は遊び感覚だったんですが、小学3年生のときにピッチャーをやってみて、そのあたりからハマり始めたと思います」

 

―ショートはいつからですか?

「ピッチャーと同時に始めて、高校1年生までピッチャーとショートを並行してやっていました。高1の秋に肘の靭帯を切ってから、ショート一本になりました。本当はピッチャーに戻りたかったのですが、どうしても無理でした」

 

―投げられなくなったとき、野球をやめたいとは思いませんでしたか?

「自分にとって野球は、学校と同じくらい、あって当たり前のものです。特に土日はずっと野球をしていましたし、もう生活の一部。だから、やめるという考えは、全くありませんでした」

 

―中学時代は部活動に加えて2つのクラブチームに所属していたそうですね。

「学校では野球部ではなく陸上部へ入り、それとは別に男子野球のクラブチームに入って、それから女子野球のクラブチームにも入って、それで3つになっちゃった、という感じです」

 

 

―埼玉栄を選んだ理由を教えてください。

「小学4年生のときに、埼玉で女子野球の交流会があったんです。そこへ栄の先輩たちが来てくれて、いろいろ教えてもらったのが最初の出会いでした。その交流会ではエキシビションマッチみたいなものがあって、栄の先輩たちのシートノックを見たときに、『ものすごくうまい!』と感激して、そのときから埼玉栄に入ろうって決めていました」

 

―実際に入学して、印象はどうでしたか?

「自分が入学したときは、センバツ大会で準優勝した直後でした。春に優勝を逃して、夏は絶対に優勝するぞっていう雰囲気ですごくピリピリしていたので、正直ちょっと怖かったです(笑)。でも、自分も『よし、やってやろう!』という気持ちになったのを覚えています。

 

―石垣さんにとって、チームメイトはどういう存在ですか?

「3年間一緒にやってきた仲間はとても大切ですし、一生の宝です」

 

―その中で、1年生からレギュラーの座を勝ち取りました。

「1年生って勢いがあると思うんですよ。失うものがないので」

 

―昨年の新チームからは主将としてチームを引っ張ってきました。

「選手間で決めるのですが、ほぼ全員の選手が、自分をキャプテンに指名してくれて。柄じゃないのですが、いい経験になるかなと思い、やらせてもらいました。最後にみんなから『ありがとう』と言ってもらえてうれしかったです」

 

―最後の夏は初戦敗退となってしまいました。

「悔しかったけれど、楽しかったです。最後の打席はあまり難しく考えてなかったですが、これで終わってしまうのかな……と。打てなかったのはみんなに申し訳ないなと思いますが、それが実力だったんだなとも思いました。後輩たちにも頑張ってほしいですし、自分ももっと成長していきたいと思っています」

 

―卒業後も野球は続ける予定ですか?

「大学進学を希望しています。野球はクラブチームで続けようと思います。全体的にもっと自分の能力を高めていって、レベルの高い選手たちと野球をすることで、もっとうまくなりたいと思っています」

 

 

石垣麻弥乃(いしがき・まやの)

小学1年生のときに、兄が所属する野球チームの体験練習に参加したことをきっかけに野球を始める。埼玉栄では1年生からレギュラー、夏の選手権大会では日本一を経験した。卒業後は、大学に通いながら、クラブチームで野球を続ける予定。右投右打。

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