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2019.05.17

〝二刀流で描く未来〟セカンドキャリア 川崎ひかる

  • 女子プロ野球

仕事。これについては好きなことで稼げるのが一番、できること優先などさまざまな議論がある。 2017年のシーズンをもって、女子プロ野球を引退した川崎ひかるさんは、どう分類すべきか。 選手時代は「好きなこと=仕事」だった。選手でなくなった今、それでも日本女子プロ野球機構で育成球団レイアのヘッドコーチに就任、同時進行で、将来を模索する。迷い、葛藤を覚えつつ、笑顔で、全力で。〝これから〟に注目したい女性だ。

 

 

思えばまだわずか9年前、丸亀城西高校3年秋のことだ。高校卒業後の進路を考えていた。いろんな選択肢の中で、取り寄せた柔道整復師の資料。そこに、女子プロ野球の入団テストを告知するパンフレットが同封されていた。 小学1年生で、2人の兄を追うように始めた野球。川崎ひかるさんは男子に交ざって、めきめきと頭角を現した。中学校の野球部まで、男子と同じチームで投手や内野手をやりながら、常にクリーンアップを任される選手だった。しかし、地元・香川には女子野球部を持つ高校がない。高校3年間は、ソフトボール部で活躍した。が、好きなのは、野球。パンフレットを手にして、即決だった。「受けてみる価値はあるな」。 高校で我慢した以上に、野球に打ち込める環境がある。ただ、3年の〝野球ブランク〟があるうえに、硬式球でプレーしたこともない。「受かるとは思っていなかった」。しかし、 そこをポテンシャルで突破した。それまでの選択肢をすっ飛ばして、思ってもみなかった職業に就くこととなった。そこに迷いや逡巡など、入り込む余地はない。大好きな野球をもう一度やれる喜びは、他の何物にも代えがたい。川崎さんは「1年目、苦労しましたよ~」と笑う。初めての硬式球。しかも経験したことのない、外野手としてプロ生活のスタートを切った。「慣れるまでは、大変でした」という。 それでも女子プロ野球がスタートして2年目となる2011年、ルー キーイヤーは兵庫スイングスマイリーズに所属して、 27打数10安打、打率.370という成績を残した。 1年目としては上々の記録だろう。 そこからはハニーズ、ディオーネで不動のレギュラーとして活躍す る。強肩、強打。四国出身で初めての女子プロ野球選手という、誰にも取って代わられる恐れのない〝称号〟も背負って、女子プロ野球界を盛り立ててきた。「すごい成績を残したわけではないですけど、間違ってなかったですね」と、高校3年生当時の選択、つまりプロでの充実した7年間を振り返る。「野球に専念できる環境に身を置くことができた」という満足感がある。

 

「現役時代、すごい成績を残したわけではない。 でも、選んだ道は間違ってなかった」

 

重要な場面でも即決「間違ってなかった」

どのようなアスリートにも、次の選択肢は必ずやってくる。現役続行か、否か。2017年当時、25歳の川崎さんであれば、「まだまだやれる」と思っても、誰も不思議に思うことはないだろう。しかしここでも、即決だった「試合に出る機会も減ってきて、新しい選手もどんどん増えてきた。そろそろかな、と思って」 同年限りでの引退を申し出た。そこで沸いてきた思いが「間違ってなかった」というものであり「さみしい、というのもなかったし、『ここまでやれた』という年もありましたから」。 14年にはリーグ2位の打率.394という素晴らしい成績も残している。 気持ちの整理はついた。あとは具体的に何をするか、だ。引退を申し入れ、リーグ職員からも進路を聞かれた。そこで、プロを選んだときの思いがよみがえってきた。7年前、女子プロ野球のパンフレットを見ることがなければ、川崎さんは柔道整復師か、飲食業界に進むことをイメージしていた。「将来的には、飲食をやってみたいです」と答えたが、 そこは球界の功労者だ。「スタッフとして女子プロ野球リーグに残ってみたら」と推薦がもらえた。「アットホームな、小さな居酒屋がやりたいんですよね」という将来が、いつのころからか見えてきた。

 

「(料理を)作るのは好きです。人に振る舞ったことはないですけど、煮物系をよく作るかな」と笑う。 そんな夢をもっての引退、そして、スタッフとしての再就職だ。昨年は、球場でのグッズ販売や、ファンに提供する飲食の販売に携わった。川崎さんの将来設計を知ったうえで、スタッフとして迎え入れただけに、女 子プロ野球リーグも球場前などに店舗を構えるための手続きや、仕入れの流れなども、経験できるよう配慮した。実際に、居酒屋の店主となるのは「10年後か、もっと先か。でも、こういう経験が役に立つと思います」と、決して遠回りをしているわけではない。しかし、女子野球界を引っ張ってきた1人でもある川崎さんを、販売スタッフのみで終わらせるのは、やはり物足りない。川崎さん自身も、女子プロ野球があるからこその追い風を感じていた。女子プロ野球は、試合をするだけではなく、各地域で精力的に野球教室を開いて、地域の交流や、レベルアップに対する貢献を図っている。その活動を始めた当時から現在までを知るのも川崎さんだ。「最初は、地域に1人か2人、女の子がいる程度でした」というところから、今では「どこのチームにも、女の子がいて当たり前になってきていますよ」と、野球女子の順調な増加を肌で感じてきた。それに寄与してきたのも、女子プロ野球だ。 そんな川崎さんの感覚を見越してのことだろう。今年の2月から、育成球団・レイアのヘッドコーチに、という声がかかった。飲食の夢とは また違ったオファーではあるが、川崎さんはこの、二足のわらじを履くことを「チャンスをいただいた」と快く受け止めた。

 

 

金の卵を真のプロに!新人育成に奮闘

 

プロでバリバリ活躍していた川崎さんにとって、この新しいチャレンジはやりがいを感じると同時に、早速、難しさにも直面した。レイアはほとんどが、高校を卒業したばかり選手だ。彼女たちを2年程度で一人前のプロに育てて、上位チームに送り出すことが使命となる。たとえば、1つのプレーを確認し合う際に、これまで身を置いてきたプロ同士の会話であれば、あうんの呼吸で分かり合うことができる。しかし「そのレベルに達していない」10代の女子たちである。「そのプレーや技術を伝えるのが、すごく難しいんですよ」と、指導者として必要不可欠な、言葉の探し方から悪戦苦闘が始まった。

選手は13名。うち新人が10名。もちろん、ほとんどの選手は見るのも 初めてであり「名前の読み方が難しい子が多いから、覚えるのにも苦労します」と苦笑いする。会話も、歳も離れていない女性同士ではあるが「何を話しているか分からないことがありますよ」と世代間のギャップも〝満喫〟させてもらっている。 育成球団である以上、個々を育てるのが主目的だがチームとしての目標も立てている。難しいことではない。〝ポジティブ〟プロに入ってきただけに、相応の覚悟も技術もある選手たちではあるが、やはり何世代か前の〝おいこら〟ではなかなかついてこられない。指導者サイドとしては「シュンとしないよう、持ち上げて、楽しくやらせて」と心を砕き、選手たちにはチーム目標のポジティブさを身につけてもらう。そのほうが伸びる、という時代なのだ。 ただ、選手のご機嫌とりだけでは、もちろん通用しない。そこは失礼ながら〝年の功〟である。長年のプロ経験の中で振り返れば、たとえば京都フローラの川口知哉監督などから受けた指導は、いまだに川崎さんの糧となっている。「川口さんの一言がはまったとき、選手ががらっと変わるんです。細かい技術のことは言わないんですけど、体本来の使い方を意識して教えておられます」と、得がたい経験をしてきた。 川口監督のような指導はすぐにはできないかもしれない。が、その経験と「常に勉強中です。いろんな動画を見て、引き出しを増やしていかないと、私と違うポジションやタイプの選手に、どう教えればいいのか、分からないですから」という向上心 で、川崎さんは名コーチの道を歩んでいくのだろう。

 

2つの立場から女子野球の魅力の発信

販売スタッフと、コーチとの〝二刀流〟。いずれも、自ら求めたもの ではないが、周囲に請われて、「やってみよう」という気になった。その どちらも手は抜きたくない。しかし、どちらにどれだけ力を入れれば、両方、中途半端にならないようにできるのか。それはここからのチャレンジしだいだ。「コーチ業は、始めたばかりなので」と、まだ自信をもって選手と接するレベルにないと、自覚している。しかし、相手は大きな夢を抱いてプ ロの世界に飛び込んできた選手たちだ。彼女たちに「どこまで必要とされるコーチになれるのか」と、日々頭を巡らせている。将来の本業となるであろう飲食については「あまり大きくそちらをやると、コーチとして現場についていけなくなる」と、やや控えめに関わっていくことになるかもしれない。とはいえ、選手を育てることと、販売スタッフには共通点がある。女子野球の魅力の発信だ。 飲食で言えば「女子野球を見るならコレ、というものを作りたいんです」と言う。甲子園にはジャンボ焼き鳥や甲子園カレー。広島ならカープうどん。メジャーリーグ観戦にはホットドッグが欠かせない。「いろんな会社と連絡をとって、商品開発もやってるんです」と川崎さん。彼女が開発した食べ物が、女子プロ野球に欠かせないグルメに成長する。 これが、近い将来の目標として頭にある。コーチも、レイアだからこそできることがあるはず、と考える。他チームと違い、レイア自体の試合数はプロ同士では限られている。一方で、高校生との試合などは頻繁に組まれている。相手は高校生とはいえ、実戦の中でさらにレベルアップを図ることも大切だ。というより、それが一番大事なことである。が、同時にプロとしての使命も果たしたい「女子プロ野球ってこんなところだよ、という魅力を高校生たちに伝えたいんです」。そのためにも、明るく楽しく、そして強いレイアを作っていくことが、将来的には女子野球全体の発展につながると信じている。 1日オフの楽しみは「スノボとか、 ドライブとか」。つまりは、じっ としていられないたちなのだ。同時 に、居酒屋経営を夢に持つだけあっ て、作ることに負けないくらい食べることも好きだ。「現役時代と変わらないくらい食べてます。だから体を動かしておかないと太ってしまうんですよ~」と、乙女心を少しはさみながらの自己分析。そんな一面を持ちつつ、新たな自分に挑戦する川崎さん。いつか、開店したら必ず顔を出しますね。

 

 

川崎ひかる (かわさき・ひかる)

1992年5月28日生まれ、香川県出身。小学校1年時に、兄の影響で野球を始め投手として活躍。和光中学校では男子に交じり強打の内野手としてクリーンアップを打つ。丸亀城西高時代はソフトボールに転向。2010年秋の入団テストで合格し、プロ入り。17年をもって引退18年から女子プロ野球リーグスタッフ、19年よりレイアのヘッドコーチとの兼務となる。

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